2011年3月11日のこと

14時46分


後に「東北地方太平洋沖地震」と名前を付けられることになる地震に遭遇した。
場所は自宅の最寄り駅の駅ビル内にあるドトール
一緒にいた先生と遅めの昼食を摂り、会社へ向かう前のことでした。


最初はなんかゆらっと軽く揺れた気がしたので「あれ?地震??」と言ったら「電車でしょ*1」と暢気な返事。
えー?そうかー??などと思っていたら、横に大きくうねった。
今まで体験したことのない大きさの揺れ。
しかも、長い。


食べていたパンと、飲みかけのアイスラテが入ったグラスを握りしめ、とりあえず揺れが収まるのを席に座ったまま待つ。
不思議と恐怖心とかはなく「あらー、こらぁでかいなー」などと笑いながら「先生、後ろの額があぶないよ」と、壁際にあった額がブンブン揺れているのを眺めていた。


店内は特に何かが落ちてきたり、ガラスが割れたりなどもない。
店員さんが「ガラスから離れてください*2」と客に注意を促す。
言われた客もそうでない客も、意外と冷静。
一旦、揺れが収まってから「外へ避難された方がよろしいと思います」と店員さんが静かなトーンで言った。
その声を合図に、私たち含め、客はバラバラと店を出た。


辺りを見ると、そこらじゅうの建物からゾロゾロと人が流れ出てくる。
特にパニックを起こしている人もいない。
どちらかというと、皆、困惑顔。


とりあえず、私は会社に向かわないとと思ったものの、このタイミングで地下鉄に乗るのはチャレンジャー過ぎるな...と思い、JRで向かうことに決めて改札に向かった。
すると、JRは早々に運行中止を決定したようで、復旧目処も分からない旨のアナウンスをしていた。


あらら、これは意外と大事だわぁ...などと、まだまだ暢気に構えながらも、電車が動いていない状況等を携帯電話から会社に連絡を入れたところ、とりあえず安全なとこで待機しとけという指示が出された。*3


「安全なとこで待機」と言われ、若干途方に暮れる。*4
電車も復旧の見込みないし、こりゃ帰宅するのが吉かな...と思ったものの、この際なので市ヶ谷のミズマ鴻池朋子展「隱れマウンテン 逆登り」を見に行くことにした。


普段、あまり歩いている人を見ない外堀沿いに、危ないから建物から出るよう指示されたと思われる群れや、電車が止まってしまったので徒歩で移動する人、早々にタクシーを捕まえて目的地に向かう人、携帯が繋がらないので公衆電話に並ぶ人。
とにかく沢山の人が溢れていた。


ミズマに到着し、作品に破損がないこともわかり一安心していたところ、大きい余震に遭遇。
額や書棚がゆらんゆらんと大きく揺れる様を目の当たりにし、ようやく色々なことが実感できた。
とりあえず余震が収まるまで建屋内にとどまり、移動することに。


帰宅途中にあるハナマサで、元々購入予定だった豚バラブロックや鶏手羽を、コンビニでペットボトルの水を4本購入した後、帰宅。
食器などが落ちて割れたりしているかもと憂鬱だったが、幸いなことに何一つ壊れることなく本当に無事。*5
すぐに風呂やバケツ、鍋などに水を溜め、テレビやTwitterで情報を集めたり、mixiに無事だということを知らせる日記をアップしたり。
また、非常持ち出し袋などは準備していなかったので、慌てて急ごしらえの持ち出し袋を作成。
メールチェックしたら、会社から「電話したけど繋がらん。帰宅しとけ。」という旨のメールが入っていた。


自分のことが一段落した後、そういやうちの親は大丈夫か?と思い、都内にある実家に電話するものの、やはり繋がらず。
携帯のメールもできないような親に対し、取り急ぎ安否を知らせておかないとという思いから、NTTの災害伝言板に書き込んでみたものの、ITリテラシーが激烈に低い我が家の人々がこれを見たりすることは200%ないな...と若干途方に暮れる。*6


何かあったとき速報がすぐ分かるようテレビは点けたままにし、すぐ逃げられるよう寝間着にも着替えず横になったものの、無意識に気が張っているせいか、なかなか眠くならない。
ウトウトしたと思ったら、警報鳴るわ、余震くるわ...。
明け方にようやく2時間ほど眠ることができた。

*1:駅ビルなので、すぐ脇を電車が通っているための反応と思われます

*2:大きなガラスで空間が仕切られており、そのすぐ後ろが客席になっていたためと思われます

*3:正確な時間は覚えていないが、この時点でまだ15時前だったと思う。かろうじて携帯電話も繋がったが、ここから暫くは電話連絡および携帯メールは役に立たなかった。

*4:どこにいたって、危ないときは危ないじゃんか...と思うのは私だけでしょうか

*5:強いて言うなら、テレビ脇に置いておいた食玩フィギュア数個が床に落ちていた程度でした。

*6:この時ほど、携帯メールくらいできるようにさせておくべきだった...と後悔したことはない。